[ 読者 ]:読者の名を入れて読んで!
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[ 読者 ]と名付けられた地球人型ロボットの視点(操縦席)は、今の今覚醒しています。
そして気が付きます。
あくまでも、何時にあっても ──
◯ビッグバン宇宙(物理空間)の「 ある(と考えて辻褄が合う)」は、
[ 読者 ]の視点がどのように認識しているのかで成立しています。
── ほとんどの哲学者や科学者たちは、ここで間違いを起こしています。
認識される側が「 ある 」のではありません。
認識される側のものごと状態は、いつだって常に「(図り知れない)混沌 」の海の中。
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[ 読者 ]と名付けられた地球人型ロボットの視点(操縦席)は、今の今覚醒しています。
そして気が付きます。
「 ある(と考えて辻褄が合う)」を納得するためには、
[ 読者 ]の視点が覚醒している必要がある。
[ 読者 ]の視点が覚醒していない今の今、なんて[ 読者 ]自身が考えることさえ不可能。
[ 読者 ]の視点が覚醒していない時にも、地球は現に存在しているって? そんなこと今覚醒していない[ 読者 ]が知ることも納得することもなく、それはただただ不可解、つまり「(図り知れない)混沌 」の世界の話!
『[ 読者 ]が生まれてきて、自我を持ち始める ── つまり、視点の覚醒がはっきりし始める ── 以前、あるいは[ 読者 ]の死後にも、宇宙は存在する 』となんとなく納得している[ 読者 ]は、今の今、覚醒しているから、そう納得するのです。
当然のことを言いますが、視点の納得はいつでも、今その視点が覚醒している、必要がるのです。
[ 読者 ]が今死んでいて、視点が覚醒していないなら、宇宙の存在は「(図り知れない)混沌 」以上に表現する方法がありません。
[ 読者 ]の視点(操縦席)は、今の今覚醒しているのです。
そして、曖昧さも含めて「 あった、ある、あることになるハズ(と考えて辻褄が合う)」
は、壮大な宇宙空間も含めて、[ 読者 ]が今、ここに覚醒していることから始まります。
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